脳腫瘍発症から肺癌治療後、亡くなるまでの母の闘病記録
aruka_minase86
(40歳代・女性)
| 病気 | 肺がん、脳腫瘍 |
|---|---|
| 病院 | 社会医療法人警和会 大阪警察病院 |
今から15年程前に50歳の若さで母は亡くなりました。
発病はその約2年前…。当時、私は高校生でした。
ずっと「頭が痛い」と言っていて、時々吐いてもいたので「病院で精密検査を受けたほうがいいよ」と母に伝え、母もやっと近くの市民病院で検査を受ける事にしました。
母も「大したことじゃないだろう」と思っていたのでしょうが、検査結果のわかる日に病院に行くと 市民病院の先生に「ご家族を呼んでください。入院の必要があります。」と言われたらしく、兄に電話がかかってきたそうです。
急いで病院に行くとMRIのフィルムを前に「至急、手術が必要な状態です。うちの病院は脳外科は無いので、別の病院に行って頂く事になります」と言われたそうで、急遽 仕事中の父にも連絡をし 相談をした上で警察病院に行くことになりました。
病院に付き、検査をし、仕事を終えた父が病院に向かうと主治医に「今のまま、手術をしないともって3日…長くても1ヶ月です」と言われたそうで手術をする事になりました。
2日後、手術は無事に成功はしました。摘出した腫瘍の一部を見せて頂きましたが、見た目は牛のレバーみたいに見えました。
その後、もう1箇所 腫瘍があるという事でしたので3日後 再手術をする事に…。
(一度目の手術は前頭葉に、二度目の手術は後頭葉に腫瘍があったそうで、一度に手術は出来なかったそうです)
手術翌日にはベッドから起き上がり、看護師さんが廊下を歩かせていました。
原発巣は大体わかっていたそうなのですが、手術で体力が低下していた事もあり、「しばらく抗がん剤やガンマナイフ治療などで様子を見よう」という事で、母の闘病生活が始まりました。
(処方薬の内容は幾分、時期が古い事もあり私の記憶に残っていませんので ご勘弁頂きたく思います。)
脳の手術という事もあったので、麻痺が残るかも…と家族としては覚悟はしていましたが、幸いな事に麻痺は出ず。視野の一部欠損と、軽い記憶障害程度で済みました。
日常生活も、軽い記憶障害の所為で 小さなミスはありましたが、私のフォローで過ごせていました。
闘病開始から1年後、原発巣である左肺の手術をし 「無事に取り切れた」と担当の外科医の方は仰っていましたが…。
残念な事に、実際は取り切れていなかった様です…。
抗がん剤を飲んでいましたが、徐々に全身に転移していき、最初に異常が現れたのが脳でした。
診察の為に朝、病院に行ったのに…帰ってきたのは夜の8時…。
今、何処にいるのか…という事が判断出来にくくなっていた様です。
(※わかりやすい例えにすれば、軽い認知症と同じ感じですね…。
日常生活はある程度普通に出来るのに、まだらに認知機能が低下してしまっている感じ…です。)
用事から戻ってきて帰宅していない事に気づき、迎えに行きました。
それから後の通院は、全て私も同伴で行きました。
やがて、右肺にも転移が見られ呼吸もしづらくなってきたので入院する事になりました。
時々、外泊も出来ていましたが 徐々に認知機能も落ちてきました。
この時、私自身「母はもう長くないのだな…」と覚悟は決めました。
それから1ヶ月、ほぼ毎日お見舞いに好きなものを持って行き 兄と一緒に行った時は喫茶店で好きなものを食べたりもしていました。
(※幸いな事に、亡くなる5日前までは普通に食事を取れていました。
食べることが大好きだった母としては良かったのだと思います。)
しかし、12月22日 容態が急変しました。
呼吸が出来なくなって暴れ、急遽 酸素マスクをつけようとしましたが苦しがって暴れるので モルヒネで眠らせる状態となりました。
段々と心拍数も低下し、眠っている時間も長かったのですが、亡くなるまでの5日間 母は懸命に生きていました。
丁度、兄が遠方で仕事をしている最中でしたので、母は必死に兄の帰りを待っていたのでしょう…。
時々目を覚まし、付き添っている私の顔をじっと見つめ何か言いたげな表情をしていましたが「大丈夫。傍に居てるから…。もうすぐお兄ちゃんも来るから…」と言うと安心したのか、また眠りにつきました。
その数時間後、兄が病院に着き 入れ替わりで一旦父と私が荷物を取りに帰っている間に母は危篤状態になりました。
急いで病院に戻ると、もう意識はなく…心拍もとぎれとぎれで当直の先生の「ご臨終です」という言葉が重く室内に響きました。
十数年前の医療と、今の医療を比べると進歩はかなりしていると思います。
癌も、初期のものですと治療も簡単で済む物も多く 亡くなる方も少ないです。
ですので、やはり定期検診は行っておいてください。
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