Caloo(カルー) - 父が胃がんで亡くなり、健康である事の大切さを学びました。 : 病気体験レポート
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父が胃がんで亡くなり、健康である事の大切さを学びました。

とっシー(40歳代・女性)

オススメ:★★★ 22,811views 2014年09月09日投稿 21votes 2comments
病気胃がん、末期胃ガンステージⅣ

大切な父親が、78才で亡くなりました。

色んな病気を克服してきたので、いままで何十回も入退院を繰り返してきました。
今回もいつものように元気になって退院するつもりで、本人は考えていました。
去年のお正月位から、元気が無く、胃腸の調子が悪いみたいでした。

私達家族は、『また、いつものように春先に体調崩す風邪じゃないの?』と、軽く流してしまいました。
後から思えば、父の頬は痩せこけていました。

毎日、顔合わせていると案外変化に気がつかないのだと思いました。
とても後悔しています。

余りにもしんどかったようで、父親があんなに大嫌いだった『胃カメラ』を
自ら予約を取って診てもらいました。
そこから、父にとっても、私にとっても『地獄』の日々の始まりでした。
胃カメラの検査技師の方が、余りにもひどい状態に息を飲んだそうです。

手遅れでした。末期の胃ガンステージⅣでした。

父に告知も有りました。私に電話も有りました。
ドラマで聞くようなフレーズだと思っていた『余命3カ月』を宣告されました。
職場に電話有りましたが、その日は1日中、私は泣きじゃくりました。

自宅に帰るとまだ動ける父親が、『どうして泣いてるの?』と
不思議そうに聞いてきました。

本人は、まだ苦しみが無いため、実感が沸かないようでした。
泣きじゃくり、号泣したのは告知の日と、お通夜、告別式だけに
後は『私が泣いても父親が元気にならない』と気丈に振る舞いました。

父親が少しでも生きていて欲しいと願い、お百度参りも行きました。
父が病院を好きでは無かったために、痛みが出るまでは、自宅で粘っていました。
日に日に痩せていく、弱っている父を見るのが辛くて大変でした。
5月の終わりに、ガン特有の痛みが出てきてしまい、救急車で運ばれました。

胃ガンは、腹膜と肝臓、前立腺に転移していました。
その場しのぎの痛み止めを打ちました。自宅に戻りました。

6月には本当に弱りきっていて、ついに入院しました。
痛み止めの座薬、栄養分の点滴。
そのくらいしか、父に出来ることは有りませんでした。
その頃、胃の出口が塞がる寸前でしたので、『ステント処置』を提案されました。

ステント処置の後は拒絶反応で、高熱を出して痙攣を起こしていました。
もうそのときはダメかと思いました。

一ヶ月の入院で退院。
自宅に戻りましたが、父親がみるみる弱っているのが分かりました。

7月には、「昔、胆石と胆嚢摘出の手術をしてもらった病院に行きたい。」と父親が言いました。
その病院では、父親が望んで行きましたが昔とは変わってしまい、最悪な病院でした。
痛みに苦しむ父親でしたが、抗がん剤を使うより苦しみは遥かに軽い、と後から知りました。

昔、お世話になっていたドクターと再会して、父親が少しだけ元気になりました。
それも束の間、やはり痛みが父に襲いかかりました。
『しゃっくり』が、止まらなくて、一晩中、しゃっくりしていました。
父がかなり参っていましたが、私もボロボロになりました。精神的にも肉体的にも。
7月中頃には、そろそろ父が体力的に無理だとドクターが判断して、退院しなさいと言われました。

その頃の父は歩けなくなっていました。
自宅に戻り、寝たきりの生活が始まりました。 
本人は一番嫌がっていた、寝たきりに。

頭ははっきりしていました。オムツ生活です。
私は父が寝ていないので、睡眠導入剤をお願いしました。
2時間くらいはスヤスヤ寝ていましたので、そのタイミングで、私はお風呂に入り、
自分の用事をしました。夜中目を覚まし、そこから、朝まで父の世話をしました。
訪問看護に来てくださいましたが、なるべく自宅で父を見送って欲しいと言われました。

父の尿が減ってきて、元看護師のケアマネさんは
『もう、長くは無いです。』とおっしゃいました。
その数日後、父が『吐血』しました。
ネットで「吐血したら、もう死期が近づいている」と読んだ事を思い出しました。

救急車を呼びました。ひどい目に合わされた病院に戻りました。
救急隊員さんは『この程度で、吐血とは言えないよ。』と言いましたが、
父は寝たきりの状態になっていたので、血がお腹の中にも貯まっていて、
ベッドを移動させた時に、大量の吐血をしました。 
後から聞きましたが、そのタイミングで、父は『胃が破れた』そうです。

それから、父とは意志疎通出来なくなってしまいました。
痛み止めの『モルヒネ』を?大量投与されました。

モルヒネを投与しても、父の臓器は一つずつ役目を終えていき、水分が体を回らなくなりました、
父は手足がモルヒネで膨れ上がり、ぶよぶよになりました。

そんな状況であっても、人間の聴力は最後まで機能していると
ネットで読んだ事を思い出しました。

意識も朦朧としている父親の手を握り、
『○○○だよ。分かる?』と問いかけると、父はうんうんと2回頷いてくれました。
『いままで色々と有難う。』と伝えました。

何日も寝てない状況でしたが、8月の最初に朝早く、父は呼吸が急に早くなり、
いきなり目を見開き、口を大きく開けて息を吐きました。

それが父の最期の瞬間でした。
姉に言わせると、息を吐いたときに、魂が抜けて、出たとか。
大声で泣きましたが、これで父は痛みや苦しみから解放されたのだと思うようにしました。

思い起こせば、胃ガンが発見される5年位前に体調を崩して、お腹の調子も悪くて入院しました。
年末年始だったので、消化器内科の主治医も決まらないまま、少し元気になったからといって、
『消化器内科の精密検査を受けてほしい』と救急のドクターに言われていましたが、無理矢理退院しました。

あのときに、しっかり検査を受けていたら、ステージⅠ位の程度で手術をして、
今でも気を付けながら生きていてくれたかも知れません。

最近は、俳優のIさんが奥さまで女優のSさんに、
ちゃんと徹底的に検査してほしいと言われて、早期の胃ガンが発見されたと聞きました。

今さら遅いですが。
逆に考えると、ステージⅣまで自覚無しで日常生活を楽しんでいたなら、
それはそれで、ある意味幸せだったのかも、と思うようにしました。

ある有名なお医者さんの著書に『ガンは放置するべき』みたいな
ある意味無責任な著書が有りますが、私は複雑な気持ちです。
父のために私は何が出来たのか?今でも考えてしまいます。

もしも、同じような体験をしてしまう方が身近にいらっしゃった場合、
ご本人さんが動けるうちに、本人さんとの思い出をたくさん作って下さい。
感謝の気持ちを伝えて下さい。

アドバイスにならないですが、
経験者としてお伝え出来ることはこれくらいしか無いのです。

食べたいと言うものを食べてもらい。
会いたいと言う人に会ってもらい。
行きたいと言う場所に連れていってあげて下さい。

最後に、父の亡くなった後に、私はショックのあまりに階段を踏み外し、
落下しそうになって踏ん張ったら、左足の甲の指を骨折してしまいました。
また、骨折の件は、体験談書かせて頂きます。良ければ、読んで下さいね。

かなりの長文になりましたが、ご覧戴いて有難うございました。

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コメント(2件)

  • ケアマネをしております。今までの多くの末期の癌の方を自宅でお見送りしました。本人の思い家族の思い複雑に絡み合って何度経験しても難しい問題です。最期はご本人のお気持ちにそった場所で望む生活をさせてあげることが家族にとり一番後悔の残らない選択肢ではないかと思います。一生懸命尽くしたのですからお父様もご家族に感謝していかれたのではないかと思います。今度は自分の為社会の為にこの辛い経験を活かして生きることが一番の供養になるのではないですか?
    投稿:2014/09/20 05:09 編集:2014/09/20 05:11
  • たいへんさん、コメントありがとうございます。父の他界後、1年で母が自宅で倒れました。頭を打たなかったのが救いでした。救急車で運ばれましたが、どこも悪くなく『高血圧』でした。姉の会社に電話しましたが、姉は、さほど驚きもせず。その後母の具合が悪い時も普通に会社に行きました。父の時もそうでしたが、自分の親に対する態度では有りませんでした。弱り果てている父とケンカしたり、手術の日も会社に行きました。姉が居ますが、私が一人で何でもしないといけません。何度か激怒しましたが姉は態度を変えません。協力出来ない姉妹なら、意味が有りません。姉は変わりませんので、私は最初から一人っ子だったと言い聞かせるようにして諦めています。

    アドバイスありがとうございました。
    投稿:2014/09/20 12:42
  • (削除されました)

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