末期のすい臓がんの父を見ていた6か月間。告知しなかったけど…
Caloouser58126
(50歳代・女性)
| 病気 | 膵臓がん |
|---|
父は毎日お酒を飲み、タバコを大量に吸い、食事は好きなもの(お酒のつまみになるものやインスタントラーメンなど)を好きなように食べて、50代くらいまでは175センチ80キロほどの良い体格をしていました。
当時一人暮らしをしていた私は数か月に一度父のいる実家に顔を出していましたが、会うたびに父がどんどん痩せて老けた感じになっていくのが気になっていました。
昔から見た目も中身も若かった父が急に老けこんでいくことに不安を覚えていましたが、母に言っても「まあ年だからね」で終わりです。
今思うと、毎日顔を合わせているためにその異様な痩せ方と老け方のスピードに気づかなかったのかなと思います。
父は甘いものも好きで、ケーキなどを持っていくと喜んで食べていました。
しかしある時から、「甘いものはもういらない。年だからか、食べられなくなってきた。」と言い出したのです。
62歳の時でした。
それと同じころに背中が痛いと言い出していたそうです。
本人は病院が嫌いでほとんど行かないので、母がかかりつけに行って相談したところ、肋間神経痛ではないかということで(本当はいけないですが)痛み止めを出してもらっていました。
その薬を飲みながらまだ引退せずに仕事を続けていたのですが、甘いものを食べないどころか、仕事から帰ってくると、痛い痛いと言ってすぐに横になってしまうことが多くなりました。
甘いものはいらないと言い出してからその間ほんの数か月ほどです。
いい加減薬だけで痛みがおさまらなくなり、本人が諦めて病院へ行った時はレベル4の末期で、残り余命1~6か月との診断でした。
CTの画像を見せてもらいましたが、内臓が真っ黒で、まるで全体にカビが生えたパンのようにガンが見えました。
今は本人に告知するのが主流だと聞きましたが、父の性格上、ヤケになったりすると思われたため、別の病名を出して本人には実際の病名は告知しないでもらいました。
医者はあまり納得していないようでしたが、頼み込んでそうしてもらいました。
セカンドオピニオンも無し。
ここまで病状が進んでしまったし、私と母はもう静かに家族で見送る覚悟を決めていました。
痛みだけをできるだけとってもらうようにして、最期は自宅で、と。
それが1月でした。
それからはもちろん仕事は休んで、痛み止めをもらって自宅で安静にしてもらいました。
最初は食事も摂って、起きて毎日テレビを見たり散歩をしたりしていたのですが、やがて横になる時間が増え、3月ごろから食事が一切摂れなくなりました。
「俺は死ぬのか?」と父に言われ、その場では気丈に励ました母は陰で泣いていました。
母は仕事をしながら父を看病し、何か異変があれば仕事を休んで病院へ連れて行ったりと、それはもう気持ち的にも体力的にも大変な生活を送っていたと思います。
父を心配して同じ部屋で寝ていましたが、父が痛みで目が覚めるたびに母も起きたりしていたようです。
その後点滴で過ごすようになってからは意識の混濁があり、母を看護師だと思い込んだり、もう起き上がる筋力がないのに椅子に座りたいとワガママを言ったりするようになりました。
呂律も回らなくなり、皮膚の張りがなくなり骨ばって、口はずっと開いたまま、見た目は100歳を超えた寝たきり老人のようでした。
椅子に座りたいと言ってきかなかった時に私が抱き上げて座らせましたが、小学生くらいの体重しかなかったように思います。
訪問看護の先生に時々来ていただいていましたが、「あと1週間くらいかな」と言われ、最期は痙攣が起きますと聞いていました。
もうその頃には一切話すこともなくなり、動かず、ただ息をしているだけでした。
6月の始め、最期はその通りに、全く動かなかった父が突然痙攣を起こし、そこから5分ほどだったか、家族全員が見守る中、すぐに息を引き取りました。
63歳でした。
あまり大きな病気もせずに好きなように楽しく暮らしてきた病院嫌いの父ですが、これで良かったのかどうか。
できれば「年だから」で片づけずに、異変を感じた時にすぐ病院へ行った方が、突然のサヨナラは回避できたのかなと思いますが。
膵臓がんに関連する病気体験レポート
-
60代後半の父のがん闘病についてお話します。 父方家系は皆95歳超えの長寿家系で、健康には自信があったため、過信してヘビースモーカーでした。 ですが、長男で一家の大黒柱としての責任が...8,949views Caloouser55555 2015年02月27日投稿 32votes 0comments
-
元気に一人暮らししている義母が膵臓がんで亡くなりました。 いつものようにお正月休みに義母の家に遊びに行った時には元気でした。 ただ、「大掃除で頑張ったので腰が痛い」と言っていたので、近所...5,182views プラプラ555 2018年09月24日投稿 8votes 0comments
-
私の義父は一昨年の秋頃から、胃が張るとよく言っており、みぞおちあたりが痛んでいたようでした。胃の検査をしても異常はなく、大腸内視鏡ではポリープが見つかりましたが、切除し、事無きを得ました。 ...4,620views あかね 2018年06月04日投稿 16votes 0comments
-
少しでも、同じ病気の人の参考になればと、初めて投稿します。 最初に病名が判明するまでは単純に歳をとったから疲れやすくなったのかと思って半年位過ごしていました。(それまでの仕事と変わったせい...4,984views ボトル ゴード704 2018年01月02日投稿 12votes 0comments
-
母のすい臓がんは、本人が体がだるいからとかかりつけの近所の医者へ行った所、黄疸が出ており「この足ですぐ大学病院へ行ってください」と言われその大学病院で発覚しました。 即入院となり、まず...4,932views 夜凪761 2017年09月14日投稿 10votes 0comments
膵臓がんに関連する病院口コミ
-
緩和ケアを進められた母が積極的な治療を望んだこともあり、こちらのクリニックに通院することになりました5.0 いし OGC大阪がんクリニック(大阪府 大阪市北区)
-
母が膵癌で2年半お世話になりました。 80代の母は認知も知識もありとても酷でしたが、奥野先生が優し5.0 yularin 愛知県がんセンター(愛知県 名古屋市千種区)
-
昨年8月、水野先生に早期のすい臓癌の可能性を指摘して頂き、同年12月の手術を経て、早々に仕事に復帰す5.0 hiro 水野クリニック(埼玉県 草加市)
-
進行膵がんで腫瘍マーカーがca19-9で1000オーバー、造影ctなどで転移は確認できず。発症7年前5.0 加藤 埼玉医科大学総合医療センター(埼玉県 川越市)
-
昨年父が膵臓癌になり墨田区両国近くの某病院に入院していました。主治医の先生は普通に対応して頂きました5.0 百合402 医療法人社団悠翔会悠翔会在宅クリニック墨田(東京都 墨田区)
