Caloo(カルー) - 口内炎と思い、10年放って置いた舌癌。腫瘍を取り除いた後に 舌の再建でした。 (写真あり) : 病気体験レポート
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口内炎と思い、10年放って置いた舌癌。腫瘍を取り除いた後に 舌の再建でした。 (写真あり)

ユキにゃん  (60歳代・女性)

オススメ:★★ 1,777views 2018年07月26日投稿 11votes 0comments
病気舌がん
病院医療法人社団愛友会上尾中央総合病院
製薬プロポフォール1%静注20mL「日医工」、ロキソニン錠60mg

疾病 概要と手術 医師の診断書 より

初診 2018年 2月 1日
入院 手術となった 傷病 左舌縁癌

手術 処置

舌悪性腫瘍手術 (亜全摘)      K 4152
遊離皮弁術          K 0172
下顎骨離断術         K 438
気管切開術          K 386
           (医科 点数区分コード)
2018年 3月 14日
観血術

病理組織診断名 扁平上皮癌
診断確定日  2018年 2 月 8日
悪性新生物の性状 浸潤癌
悪性新生物の区分 T3 N2b M0

2018年 年明け早々、口内炎が悪化 長い間付き合ったけど、飲み込みまで辛くなり、ついに 行き付けの歯科医に予約を入れ、月末に診察して頂きました。
一目見て「専門医紹介します。」(ん!?口内炎で、紹介 。これヤバイ と勘づきました。 )
紹介された病院に電話すると 2日後には診察できます。との事でとりあえず、痛みだけは取ってもらおうと。(この時 まだ 心の隅に口内炎であって欲しいとの願いが ありました。)

2月1日 紹介された 口腔外科へ。医師から「見るからに悪性腫瘍なので、その方向で治療はじめます。」私は「口内炎だとばかり 思っていましたので、かなり放って置きました。」「どのくらい?」「10年は経ってますね。」に 医師は「その割には進行遅い。」と。(ほう、進行遅いとは ちょいと 希望あるかも。)
その日から 一週間 検査と、他科の診察で、いざ、手術となるところ、糖尿病が見つかり、まずは これから治療となり 2月中旬に10日程 入院。この時 2種類のインスリンを自分で打つようになっていました。

しかし、この後の展開は、本人も驚く事ばかりでした。
手術は 12時間から15時間 全身麻酔 気管切開で人工呼吸器装着 ICUに3日から5日間 入ります。暫く会話出来ません。腫瘍を取り除いた後に 舌の再建をします。左足太股から肉を移植、顕微鏡で血管を繋ぎ合わせる。万が一拒否反応が起きた場合は、再手術です。術後せん妄を起こした場合 身体拘束もあります。など 説明を受け 書類にサインはしたものの、半分も理解できてなかったかも、、。

3月12日再入院。何故か個室に入れられました。(希望したわけでも無いのに。謎)
14日朝9時。10分前に家族と一緒に手術室へ。入口前で分かれ 私は10号室へ。(12号室位あったようでした。)点滴打って ストレッチャーかと思いきや歩きで、自分で手術台にでした。台というより、部分的に動かせるような、寝台でした。手術の照明は凄く明るかったのが 記憶にあります。

麻酔医が、静脈注射を打ち始め「眠くなりますよ。」肩を叩く人「形成外科のY医者です。」直ぐに「耳鼻咽喉科のN医者です。」 まで でした。その後 意識は飛びました。手術に携った医師は10名とありましたが、記憶があるのは2名のみです。

目を覚ましたのは、主治医が「○○さん!解る?今午前3時だよ。手術は成功したからね。旦那さんと、娘さんは 顔見て帰ったからね。」
ありがとうございます。が、言えませんでした。(人工呼吸器が装着されていました。)しょうがない、かすかに頷いたのは覚えてます。

ICU初日は、殆ど意識は無かったです。スタッフから「○○さん、熱が39.8℃有るんだけど、解熱剤使いますか?」に、(熱で、体力消耗したくないと思ったので、うんと 頷いた。) どのくらい経ったか 「解熱剤使ったら 尿が出るようになったね。」とか 会話していたのは、記憶にあります。午後に旦那が面会に来て 泣かれました。

主人の話。
午後3時頃 取り除いた腫瘍を見せられたそうで、でかかったみたいです。6㎝はあったかもと、。それからが 長かったらしいです。手術の立会人の待合室には結構 人数いたようです。 最後までいたのは、自分たちと もう、一組の方だったらしいですが、午後10時には 居なくなってたと、、。11時を過ぎて (もう、駄目かもと、思ったらしいです。) その矢先、「今、終わりました。これからICUにはいります。顔見てって下さい。」と関係者から言われたそうで、待っていると、出てくる際に 主治医が家族にVサイン 送ったらしいです。それ見た瞬間(助かった!) 涙が、、。と ICUで私に話しているうち、また 泣いてましたね。
(娘にも、泣き虫 親父~!笑 と言われてます。)

ICU2日目に、自発呼吸が、確認され 人工呼吸器が取れました。気管にはまだ、カニューレが入ってますが。
天井しか見れない 自由になるのは、左腕だけ。右脚も、血栓防止のため、24時間圧力ポンプで、マッサージされてる状態。左脚は、舌の再建で、太股から筋肉を移植したため(写真有り)、動かせませんし 首と肩には、ドレーン(余分な体液を除去するもの)が付いてて 自由になりませんでした。

自分の舌は、3分の1しか残らなかったのに、口からは、再建した 舌が はみだしてました。(写真有り)おまけに、使用された薬剤の副作用のための 薬疹で背中から 腹部にかけて 赤く腫れ 痒くてたまりませんでした。

それと、同じ頃 大きな 術後せん妄こそ 無かったものの ICU2日目あたりから 幻覚をずいぶん見ました。私の場合 置物みたいなものが 沢山あり触ろうとしている自分がいて 右腕を動かしていました。点滴打っている右腕でしたが、幻覚を見ていた時は何故か右腕で触ろうとしていました。触ろうとしても触れないので 目を開けると 天井でした。(あ~、これが、幻覚なんだと 納得。) その事が、3日間のICUから 一般病棟に移ってからも続きました。

ICUから出された後の 病棟は、個室でした。(希望したわけでは ありません。)でも、装着する機器が多かったせいもあったのでしょう。(約2週間の在室)
手術後 一週間目 やっと起き上がる事から。ベッドから車イスへ、。ところが、体力が無くなっており、10分も座っていられませんでした。まして、首、肩のドレーンは、一般病棟に移った 翌日に外されましたが、その他の管の類いは ICUに居たときと同じ 状態でした。点滴スタンドには 2、3種類の薬剤 下腹部には尿管と袋。胸元には 心電図の電極パット。

車イスに座った時に初めて 自分の現在の姿を見ました。ちょっと、ショックでした。
しかし、毎日何かしら、一つ、また一つと、点滴がなくなり、10日目には尿管も外され歩行器で、トイレも、行けるようになりました。

カニューレも、途中から スピーチに変更されたものの(写真有り)、まともに喋れないし、痰が絡んでしょっちゅう、吸引してました。
カニューレが、外されたのは、手術後約一ヶ月。主治医に呼吸器外します。と言われた時には あまりの嬉しさに 涙ぽろぽろでした。

残るは、舌のリハビリです。
嚥下と、構音です。
まだ、喉が腫れてて、飲み込みが完全ではないとの事で、翌週に持ち越されました。確かに、水の飲み込みでは、3回挑戦して 2回はむせました。
構音訓練は、カニューレ外されてから、直ぐに始めました。それこそ、小学1年生!(笑) 50音の表。
絵本を 読み聞かせ、発音が明瞭ではない所を 舌の動かし方から訓練。

翌週のはじめには、嚥下も 水分から OK 次、ヨーグルト、ゼリー、など、段階を経て、その週末には、流動食3日後に ミキサー食 次 刻み食と、順調に段階をこなせました。

でも、食事の際の 味覚が かなり無くなっていました。半分、、いや、もっと無くなっていたかも。病院の食事も 勿論 何と味の無い 不味いものだと私には、感じていました。
ですから、退院後も、家族のご飯が作れなかったのです。私の感覚で、味付けすると 濃くなり、塩辛くなったりしました。でも 家族は 文句を言いませんでした。それが 私には かえって辛かったです。これから先 ずーっと、この生活なのかと思ったら 食事に対しては、絶望でした。

退院後 二ヶ月目の外来、主治医の前で泣きました。 医師は、味覚は完全に失ってないし、不思議なことに、口の中でも、感じることも出来るみたいです。との事。現在、退院 4ヵ月目 手術前の半分近く味覚は、回復しているようです。

入院40日目 ついに、退院許可が出ました。
主治医から、癌は全部取ったとはいえ、相手が相手、頭に入れておきなさい。それから、癌がなくなった今は、抗がん剤や 放射線治療はしません。
病気のステージは、Ⅲ リンパ節2箇所転移あったけど、全部切除できました。退院したら、美味しい物沢山食べなさい。入院してかなり痩せたので、体力回復のために努めなさい。それと、水分も充分摂るようにと言われました。
退院時には、一口大の食事にステップアップ。

左足太股から肉を移植したお陰で、力が入らず 片足引きずる 歩行状態でしたが、今はほぼ、健常者と同じです。(疲れると 引きずりますが。退院後約4ヶ月目)

それから、7日後退院になりました。 (47日の入院)
今は 月に一度の通院です。外来時に言語聴覚士が付き、嚥下や 構音についてアドバイスをくださいます。

手術前に入院治療した 糖尿病も今は インスリンを打つこともなく、飲み薬で済んでおります。
口内炎 2週間 治らなければ 直ぐ病院へ!
(10年も、大切に育てないでね。)

退院 4ヵ月目 。
構音(発音) 第三者には 聞き取れます。といわれます。
嚥下は 少々 難有ります。唾液が少ないせいも有りますが、飲み込む量が健常時に比べると半分。飲み込む力も落ちているせいで、時間は倍掛かる状態です。喉に引っ掛かる感じがあり、3度程飲み込む動作を行わないと、食べた物が落ちていきません。
言語聴覚士から 飲み込む力を付けるため 3種類の 喉の体操を 教えて頂き 朝晩 実践しています。

現在 退院6ヵ月目
左下顎は、奥歯から、4本分歯茎ごと切除されましたので、義歯も入れられません。また、手術の腫れが5ヵ月程 引かなかった為今までの義歯が、入らず入ったとしても、合わなくなっていました。残った右側を最大限、機能させるため、義歯を調節してくださり、一口大の食事から普通食になりつつあります。ただし、咀嚼したものを口のなかで 移動させるという 動作が巧くいかず、箸で義歯の上に移動させながらの食事なので、一口大の時より、倍の時間がかかります。

しかしながら、色々ものが食べられると思うと、リハビリやるっきゃない!と、思う毎日です。

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