急性リンパ性白血病を発症。さいたい血移植後2年経過。
Caloouser59885
(60歳代・女性)
2012年5月末、体調不良で来院しました。総合病院の内科に行き、血液検査を含む色々な検査をしてもらいました。
この時の症状は、まず腹部がとても痛かったです。あとで医師から教えてもらいましたが、脾臓が腫れていたそうです。それと、とても顔色が悪く、これまでに感じたことのない疲労感がありました。
この年の3月には娘2人の受験に伴う心労、4月は引っ越しによる疲れ、そして5月初旬は海外旅行と、立て続けに疲れることばかりでした。仕事もしていましたし、ストレスが重なった時期。ただ、この時の体調の悪さはただの疲れからくるものではないと直感していましたので、診察結果を聞くのが正直怖かったです。
検査の結果を聞くため、次週に予約を入れ帰宅。すると病院から電話があり「すぐに戻ってくれ」とのこと。嫌な予感が的中し、重病を告げられることを覚悟した瞬間です。
医師から告げられた病名は「急性リンパ性白血病」でした。一刻の猶予もできないので、今すぐ入院と言われたのですが、仕事、家庭、これらの段取りもしないまま入院などできません。翌日に延ばしてもらいました。
昨日までの平穏な日常が一瞬にして崩れ去り、頭の中は真っ白。真っ先に浮かんだのは、18歳と15歳の娘たちと夫の食事のことでした。フルタイムの仕事を持ってはいましたが、お弁当をはじめ食事は全て手作り。
そんな訳で、こんな非常時にもかかわらず「ご飯はどうしたらいいの?」と、命より食事のことが心配でした。
その病院には珍しく「血液内科」があり、3人の医師がいました。たまたま内科を受診した日に外来担当だった、その内の一人、I医師が担当となりました。移植のために移植施設のある大学病院に転院するまでの8ヶ月間、本当にお世話になりました。他の2人の医師が担当だったら、私は亡くなっていたと確信しています。この医師に巡り合ったのは不幸中の幸いでした。365日、必ず担当患者を回診します。休みはありません。泊りがけの旅行は学会で遠方に行く時だけ。不安な毎日を過ごす中、先生が必ず朝に回診してくださることが安心に繋がりました。
他の医師は当たり前ですが、プライベートと医療行為を分けていらっしゃるので、毎日回診はなさいません。医師としての能力、判断力も優れています。何度も言いますが、この医師に命を救っていただきました。
6月から化学療法を行いました。最初に行った寛解導入療法は1ヶ月続くもので、かなりなダメージを受けました。
体重減少、脱毛、倦怠感、便秘、足の痺れ、食欲不振、白血球減少などなど。ただし、吐き気は殆どありませんでした。今は良い吐き気止めの薬があるのです。映画などで白血病患者が吐いているシーンを見ていたため、覚悟していましたが、薬の開発者に感謝感謝でした。
その後、寛解状態となり、続いて数クールの化学療法を行いました。
治療途中に肝機能障害、腎機能障害にもなりました。治療をストップしたり、再開したり。また、医師の判断によって化学療法に使用する薬も変わりました。並行して、骨髄移植に向けての準備も始まりました。まず一番適合する確率の高い弟に検査をしてもらうことに。血液を採取して骨髄の型を調べるだけです。遠方におりましたが、地元の指定病院で検査をするだけ。調べる費用は一回あたり5万円程度でした。保険は利きません。合致しないので、私は嫌でしたが娘2人も調べてくれました。親子だと確率が下がるのでやはり合いませんでした。
それで骨髄バンクを利用することになりました。
利用するための書類と費用を用意して、ドナー探しがはじまりました。ここにかかる費用は20万未満でした。
私の骨髄の型は良くあるタイプらしく、バンクのホームページにアクセスして自分で調べたところ結構な人数がいました。有難かったです。ただし、ここから時間がかかりました。
9月に申込んだところ、調整が長引いて、骨髄移植は2月になりました。移植するため、大学病院へ転院したのは1月。
ここに至るまでに、化学療法の効果が出ず、寛解状態を維持できなくなったり、精神的にも追いつめられたりと色々ありました。傍らでサポートしてくださるI医師のおかげで、移植にこぎつけたと思います。
転院後にも肝機能障害が出て、治療を一旦ストップしました。そして突然、ドナーの方が骨髄提供をキャンセルされ、骨髄移植そのものも中止となったのです。
医師や看護師は私のショックを予想して、とても手厚いケアをしてくださいましたが、私自身は全く動揺しませんでした。そもそも善意による提供です。登録することさえ勇気がいる事なのです。
実は私が20代のころ、骨髄バンクに登録しようと問い合わせたことがあります。説明を聞く内に怖くなって、登録を止めてしまいました。
ですから、中止となってしまいましたが、誰かを恨むことはありませんでした。私は、怖気づいて登録さえでき
なかったのですから。
もう次の提供者を探している猶予はありません。さいたい血移植に変更となりました。
細胞数の多いさい帯血を主治医が選び、3月に移植しました。たった15CCの血液を体内に入れるだけです。
そのかわり、移植前には前処置を行います。
これがとてもキツかった。入院が1年に及び、移植時点では51歳。60歳では無理だっただろうと感じる位のダメージ。とても言葉では表現できません。
ただし、60代の方には「ミニ移植」がありますので、あきらめるには及びません。
3月に移植、5月に退院と割と順調だったかもしれません。
副作用として今もあるものは、筋力低下による足腰の軟弱化。手足の浮腫みとしびれ。腎臓と肝機能の障害。不眠。疲労。動機と息切れ。そしてとにかくすぐ病気になります。免疫は赤ちゃんなみとなったからです。
インフルエンザで入院。帯状疱疹で入院。風邪でリンパ節炎、などなど。
でも生きていることだけで幸せだと考えるようにしています。
発病から3年。移植から2年経ちました。定期検査は3ヶ月に一回です。
苦しい只中にいらっしゃる方やご家族には「あきらめないで」としか言えません。
また、良い医師、医療機関を選ぶことも重要です。後悔のないように、しっかり見極めて、選択してください。
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会社の検診で、血液検査結果に問題ありとの指摘を受けて、自宅近所の内科で再検査を行いました。そこでも近5.0 たか 地方独立行政法人 神奈川県立病院機構神奈川県立がんセンター(神奈川県 横浜市旭区)
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小児科で息子の病気が発覚したお世話になりました。看護師さんは基本的にみんな優しく接してくれます。治療4.5 oyamanoko 高知県・高知市病院企業団立高知医療センター(高知県 高知市)
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急性リンパ性白血病で入院した際、川上先生に担当していただきました。病気についてわからないと伝えたとこ4.5 救われ人 三重県厚生農業協同組合連合会 鈴鹿中央総合病院(三重県 鈴鹿市)
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急性リンパ性白血病で入院していたのは、2012年5月~2013年1月まで。その後、移植設備のある千葉4.0 Caloouser59885 独立行政法人 地域医療機能推進機構(JCHO)船橋中央病院(千葉県 船橋市)
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初めは自宅内で足を骨折し、近くの病院に搬送されて手術をしようとした際に白血球の数値が異常だということ1.0 小夜嵐963 市立青梅総合医療センター(東京都 青梅市)
