適応障害と診断されてから、快方に向かうまで。始めは食事も摂らずに寝てばかりでした。
けーき
(40歳代・男性)
| 病気 | 適応障害 |
|---|---|
| 製薬 | リーゼ錠5mg、ジェイゾロフト錠25mg |
「適応障害」
医師に聞くとストレス原因となっている環境に対して、精神的についていくことができないことで発症する、うつや躁をはじめとした精神疾患の前段階の症状であるそうです。
異動や転職などで職場が変わる時、また人間関係でストレスを抱えた時、幾度となく「仕事に行くのは嫌だな、辞めたいな」「あの人に会うの嫌だな」と考えたことは、誰しもあることではないかと思います。
もちろん私も例に漏れず…というより、おそらくそう思うことが多い方だと子供の頃から思っていました。
でも、「私がまさか…」と罹患した時は思いました。
そして今では受け入れることができましたが、まだ治療中です。
ここでは私が発症するまでの流れと、現在徐々に回復にしてくるに至るまでのお話をさせていただけたらと思います。
まず、私が適応障害になったきっかけは大きく2つ。
ひとつは住み慣れた関西から、住んだことのない関東への引越し。
そしてもうひとつは、同じ業種の別会社への転職、でした。
待遇もしっかりしているし、大きな会社だったのでどちらかというと、新天地での新たな仕事に心躍らせていました。
しかし、非常に忙しい店への配属と周りに勤務年数が長い部下を持った上での慣れない仕事への動きづらさ、業態が同じでも会社の方針が全く違う為による仕事へのアプローチの仕方がわからないことへの不安、会社からの自分へ与えられた大きな仕事と期待、そしてそれがうまくこなせていないことへの自身への劣等感、そういった感情を日々抱えていました。
人間関係は良好でしたが、やはり新参者は気も遣うし、大人数なので名前も覚えなくてはならない。
毎日、考えるのはどうやったらタスクがうまく処理できるかばかり。
考えれば考えるほどドツボにはまっていき、そのうち複数の仕事を同時にこなすことが難しくなっていました。一つのことを行うと、注意がそれにしか向かなくなり、他のことを忘れてしまったり、よく物にぶつかったり落としたり。
おかしいとは思いましたが、焦っているだけだと自分の中で処理していました。
慣れない土地で友人も少なく、不定休なので会うこともできない。
ついには休むのが怖くなってきて、休みにまで仕事をするようになっていました。
すると、ふと気づいたことが。
1日のうち食事を摂るのが夜のみ、しかも約2日にたった1回の食事で、白米を一膳とおかず少しのみ。
徐々に食事をしなくても空腹にならなくなってきました。
もちろん、それまでは1日3食です。
その時点でおかしかったのですが、それでも仕事がうまくいってないことで悩んでいたので、一時的なことだと思っていました。
次に、異常が出たのは過眠。
手の空いている時は常に寝ていました。半休をもらった日などは12時間以上。
もちろん疲れているからと考えていました。
次が胸を締め付けるような緊張感や焦燥感。
仕事の朝、もしくは寝る前のベッドの中、目覚めてからのベッドの中。仕事の前を連想させることがあると慢性的に焦り、職場に近づく電車の中が怖くなりました。
そして過食と過剰なアルコール摂取。
先ほど書いたことと異なるようですが、休日にちゃんと休暇を取ると、それまで食べていなかったことを埋め合わせるように大量に、しかも複数回食事をします。
そして不安感から逃れるために、満足できるレベルに酔えるまで多量のアルコールを摂取しました。
気づけば、体重が1ヶ月で10キロ落ちていました。
そして、自分が異常だということを認識したのが、ある休日の朝「ベッドの上から動けない」状態になったことでした。
前日の夜、上司に厳しく叱責を受け、「休みの日の出勤は勉強であって仕事ではないから手当を請求してはならない。しかし出勤しなければならない」と言われたこと。
非常に悩みました。
一夜考え続け、そのまま眠りにつき、翌日目覚めた時、もう体が動かせませんでした。
体が鉛のように重く、頭は割れるように痛い。吐き気もあるし、なぜかベッドから降りられない。
とにかくこのままではいけないと思い、なんとか指を動かしパソコンで症状を調べました。
もちろん自覚はありましたが、ストレス性の可能性が高い…とのこと。
同じ症状で病名までいくつか出てきました。
明日の仕事にひびくかもしれないと、口コミで有名な病院も調べて予約もして、たった30分のバス移動の距離を、4時間かけて移動しました。
その頃には乗り物が怖くなっており、乗ること、降りることにも時間をかけて、心の準備をしないと動けない始末。
なんとかたどり着いたのが現在も掛かっている「ゆうメンタルクリニック池袋東口院」でした。
まず最初にメンタルの傾向を調べるとのことで真っ白な紙に「木」の絵を書いて欲しいと言われました。
結果は自分の気持ちを抑制する傾向にあるとのこと。
その診断を元に、担当医とのやりとり。
原因となっているであろうことはオブラートに包むように話した上で、症状については隠さずすべて話しました。
すると医師より
「非常に大変だったんですね。鬱や新型鬱と判断するのは一度の面談では致しかねますが、普段の症状や休みの日の行動、また受け答えがはっきりできていることから考えると『適応障害』だと思われます」
と診断されました。
初めて聞く病名、「障害」と名のつくもので、正直すごく不安になりました。
しかし医師より
「大丈夫です。時間はかかりますが、必ず治すことができます。なので、あまり仕事のことや自分への劣等感に対して悩まないように。」
と言っていただけました。
しかし、正直なところその時の私は全く救われた気がしませんでした。
よく聞く「医師の言葉に救われた」みたいなことは全くなかったのです。
よく考えると当たり前ですよね。そんな特効薬、普通はないのです。
とにかく上司に顛末を伝えたとこと、会社側と面談した上で有給休暇を使って休むことになりました。
向精神薬と抗不安薬を毎食後飲む…部屋から全く動く気がおきない生活が続く、そんな日々でした。
最初は薬が体に合わず、ひどい吐き気や眠気にも襲われ、何度か薬の種類も変えました。
そして自分にあっていた薬は夜一回の「ジェイゾロフト」、不安時の「リーゼ」という2種の薬でした。
リーゼは毎食後飲んでいたのですが眠気が出てしまい、不安時のみとなりましたが、最初のうちはほぼ毎日飲んでいましたし、飲まなければ体がだるくて家から出ることもできませんでした。
私はカウンセリングは受けずに2週間に1回の定期診断をずっと続けていました。
カウンセリングを受けなかった理由は『自分のいい面、悪い面を見直す作業』をする自信がなかったから。そして自分の考え方自体は嫌いではないので、考え方を変えるアドバイスを受けることをしたくなかったのもあったと思います。
有給休暇が終わっても良くならず休職をし、そんな生活が3ヶ月くらい続きました。
精神的なテンションの上がり下がりを繰り返し続け、良くなっているのかどうかもわかりませんでした。
転機が訪れたのは、ネットのブログを見たことと医師の指導を受けた時のことでした。
医師より以前から毎日の「楽しみ」や「ルーチン」を作った方が良いと言われていました。
調子のいい日は外に出ていましたが、それも毎日は続かない…転居したので友人も少なく、なかなか動くきっかけができなかったのです。
また毎日が休日なので、なかなか毎日積極的に続けられることというものが思いつきませんでした。
運動もあまり得意ではなく、ランニングなども気が乗らない。
そこで見かけたのがネットでの適応障害の方のブログ。
同じように「毎日のルーチン」を作ることに苦労をされたようでしたが、一つアドバイスがありました。
『無闇に作ろうと模索するのではなく、以前もしくは今、羨ましいと思う他人の特技を真似てやってみては?』
目から鱗でした。
そこで自分の好きなことや、やってみたかったもののしてこなかったことを、ノートに書いて見直す作業を行いました。
まず、私の趣味はライブに行くこと。
しかし毎日好きなアーティストのライブがあるわけではありません。
ただライブに行くたびに、羨ましかったのは「楽器が演奏できる」こと。
昔、ピアノとギターを習っていたこともあり、非常に興味のあった自分の演奏できない楽器。
毎日休みならたくさん練習できる。でも一人ではつまらない。
そして、復職しても続けたい。
そう思い、月2回、好きな日にレッスンが受けられる音楽教室を見つけ、そこに通うことにしました。
もちろん毎日続けることは、初めて触る「ドラム」を叩くこと!
マンションで騒音の問題もあるので、電子ドラムを買いました。
もちろん練習用の安いものを。
でもこれなら家で練習もできるし、スクールで他生徒と話をしながら習うこともできる。
また、調子のいい時にレッスンの為の外出ができる。
妙案だと思いましたし、人と接することがこんなに楽しいことだったのかと、久々に感じました。
次に、自転車に乗り始めました。
街で見かけるロードバイクやクロスバイク。
値段は高いけど長距離が楽に走れるし、なんだかかっこいい。
自転車に乗ることは電車賃を減らせるだけでなく運動にもなるし、細かい行動範囲が広がる。
何より音楽教室が遠いので、そこまで自転車で行くようにしよう、と考えました。
乗ってみるとペダルが軽い!気持ちいい!運動嫌いな自分も、とても楽しめることがわかりました。
するとそこからどんどんやりたいことが広がりました。
パン屋巡りやDIYもその一つになっていきました。
気づくと、仕事の劣等感は感じなくなってきていました。
考えなくなってきたと言う方が正しいかもしれません。
まだ感情の波はあるものの、毎日出かけるようになっていました。
そして外出して運動をする習慣や、カフェに立ち寄る習慣もついてきました。
動くきっかけを見つけることができてから調子が良くなってきたと感じた期間…それが、ここ1ヶ月くらいの話になります。
つい1週間前の診断では、「状態は快方に向かっているが少し興奮状態にある…つまり精神的に上がってきているので、薬の量を減らして、いろいろなことのやりすぎにだけは注意するように」とのことでした。
私の場合、できることが増えてきた為に少しテンションが上がって、欲張りすぎていたようです笑
これも適応障害にはありがちな行動のようです。
頑張りすぎると、またぶり返す…気をつけないといけません。
まだ、会社の人に会ったり、店舗に近づいたりすると腹痛とめまいが起こりますし、焦る感じは残っています。
しかし、回復傾向にあるのも事実。
このまま焦らず、うまく治せたらと思います。
適応障害は本当に身近な病気だと思いますし、自分がなってみて思うことは、早めに医師に診てもらった方が良いということ。
メンタルクリニックは自分が精神的に異常と認めてしまうのが抵抗があるのはわかります。
しかし体の部位の病気と同じで、何事もない もしくは軽く済んでしまうのが一番です。
そして現在適応障害の方は、できることを徐々にやっていけばいいとおもいます。
この病気は「細部までよく考える人」「他人によく気を遣う人」「他人に強気に出られない人」がなりやすいと言われています。
自分で言うのもなんですが、それは「優しい人」「気が回る人」「よく気がつく人」なのだと思います。
たまたま今回は自分が追い詰められてしまっただけで、人間はストレス原因に対して耐性もできるそうです。
今は悩んでも、しっかり治療をしていけば、自分のやりたいこと考えれられるようになる日はきっときます。
性格はなかなか変えられませんが、明るく現状を捉えられるようになると思います。
最後に。
自分が楽に考えられるようになった一つの要因。
それは、会社の退社を決意したこと。
ストレスの原因を遠ざけるために、ストレス原因から逃げることを選びました。
間も無く会社に退職願を出し、それとともに就職活動を開始する予定です。
耐性をつけるために復職に向けてのトレーニングも考えましたが、どうにも乗り気になれませんでした。
職場から原因が取り除かれたわけではないし、正直なところ元の場所に再び戻ろうとはこの数ヶ月休んでみても、考えられなかったからです。
金銭面や再就職先の問題。人によって様々だと思いますし、絶対この選択が正しいとは思えませんが、それでも自分で現状を冷静に判断できるようになったからこそ選べた選択だと思います。
私の場合ですが、医師のアドバイスと少々の薬、あとはやりたいことを見つけたこと。それが、以前のような普通の精神状態に戻ることのできるまでの流れだったと、今は考えています。
長文失礼いたしました。
コメント(1件)
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茶水晶725引越しや仕事のストレスで発症という状況が自分と似ていて、とても参考になりました。私も焦らず回復していきたいです。
貴重な経験談ありがとうございました。投稿:2017/03/22 02:57
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